乘一叶月舟,渡万顷星河,将那无法言喻的心意,化作诗行,遥寄向海的彼方……
第二話 「月影の下で…」
◯登場人物
◇松永善博 森沢奈緒
◇早瀬雫 川奈由織 岩崎ちなつ 杉野治美 津賀島つぐみ
◇伊藤亮二 管理人 女教師
◇少女 深景(回想のみ)
◇その他
◯海岸
水音がする。
善博が水音の方を見ると、月光で照らされ、波間で遊ぶ人魚のようなシルエット。
少女が、裸で泳いでいる。
善博「(驚いて)!」
少女、善博に気付く。
ニコッと笑う少女。
呆然とする善博。
◯タイトル
◯日めくりカレンダー
8月4日
◯海(午前)
水泳練習をしている生徒達、キャーキャーはしゃいでいる。
満足そうな笑みを浮かべるつぐみ。
ニヤッと笑って使い捨てカメラを構え、シャッターを切っている。
◯同・砂浜
善博、砂浜に立っている。
タオルを出して、汗を拭く善博。
雫「(OFF)あの…。昨日は…」
善博「え?」
汗を拭くのを止め、横を向く善博。
頬を染めた雫が立っている。
雫「昨日は…すみませんでした」
善博「(笑って)ああ、別に…」
ちなつ「おにいさーん!」
善博がなにか言いかけようとするが、走ってきたちなつ(私服)と治美(水着)に気付いて、
去って行ってしまう雫。
善博、苦笑して雫を見送る。
ちなつと治美がやってくる。
善博「ちなつちゃん、見学?」
治美「この子、水着忘れちゃったんですって。信じられないですよねえ」
善博「(呆れて)海に来て水着を?」
少し離れた波打ち際に立つ奈緒、遠目にに善博達を眺めている。
奈緒の見た目で善博の笑顔。
奈緒、小さくため息をつき、うつむくと足下にビーチボールが転がってくる。
女生徒A「奈緒~!」
海に入ってボールで遊んでいる女生徒達。
女生徒「奈緒もおいでよ~!」
奈緒「(笑顔で女生徒に)ごめん、あたしイイ!」
奈緒、ボールを拾い上げようとした刹那、すっとボールを拾い上げる手。
奈緒が見上げると、ボールを指先でくるくる回す伊藤が微笑んでいる。
奈緒「伊藤先輩…」
伊藤「遊ばないの? みんなと」
奈緒「(恥ずかしそうに)去年、溺れかけて、水がちょっと苦手なんです」
伊藤「なら、コーチしてあげるよ」
奈緒「あ、いいです。それより…」
伊藤「ん?」
奈緒、困ったようにうつむいて、
奈緒「バスケ部のマネージャの件ですけど」
伊藤「(笑って)ああ、考えてくれた?」
奈緒「(気まずそう)やっぱり私にはバスケ部のマネージャなんて…」
伊藤「(ボールを奈緒に渡しながら)ブラバンとの兼任でいいんだからさ。頼むよ。
君がいれば、俺、練習も試合も今まで以上に気合い入るし」
奈緒「そ、そんなこと…」
チラッと善博の方を見る奈緒。
互いに目が合う善博と奈緒。
女生徒B「奈緒~! ボールボール!」
奈緒が振り返ると、友人Aが手を振っている。
伊藤から逃れるように、わざと振り返って大声で、
奈緒「あ、ごめん! (伊藤に)じゃ、失礼します」
伊藤に背を向けて歩き出す奈緒。
伊藤「ち…」
舌打ちをする伊藤。
歩く奈緒の元へ走ってくる女生徒A・B。
女生徒Aにボールを渡す。
女生徒A「(からかって)伊藤先輩と何話してたの?」
ボールを渡しながら、
奈緒「(笑って)別に、なんにも!」
去っていく女生徒。
善博の姿を眼で探す奈緒。
苦笑しながら手を振って、ちなつ達から去っていく善博の姿。
治美は笑って善博に手を振っているが、ちなつは少しふくれている様子。
奈緒「……」
女生徒、からかい気味に、
女生徒B「怪しいぞ。奈緒君」
奈緒「(笑って)もう、何言ってんのよ」
と、ふざけて女生徒Bを叩く真似。
◯砂浜
歩く善博。
再び海に目を向けると、友人達と楽しそうに話している奈緒の姿。
…に岬の奈緒の姿がOLする。
× × ×
岬(回想)
奈緒「想い出なんです!」
× × ×
足を止め、奈緒を見つめる善博。
善博の後方の砂浜に、少女が座っている。
顎を両手にのせ、微笑を浮かべ、善博を見つめている少女。
◯ラウンジ(夕方)
テーブルに並べられた生徒の水着写真。
男子生徒「(OFF)おお~!」
つぐみ「(目を左右にキョロつかせニヤッと)どや? 勉強させてもらうで」
つぐみを囲むように、男子生徒達が写真に見入っている。
ラウンジを通りかかる善博。
つぐみ「あ、あかん!」
つぐみ、あわてて写真を両手で抱え込む。
その拍子に少女と善博の写真がテーブルの下に落ちる。
(※写真は善博の写っている部分のみ見せる)
善博「(つぐみを見て)?」
つぐみ、善博を見て、文句を言うように、
つぐみ「(ため息)ふう、先生かと思ったわ」
善博「なんだい?」
つぐみ、嘘臭い笑顔で、顔の前で手をブンブン振って、
つぐみ「ああ、なんでもない。なんでもない。皆で写真見とるだけやから。はは」
善博「写真、もう出来てるんだ」
つぐみ「3時間でできる写真屋、見つけたんや」
善博、散らばった写真に目を遣る。
善博の視線が、一枚の写真で止まる。
善博「ん?」
奈緒の写真。後方に善博が写っている(※#1合わせ)。
つぐみ「(OFF)ああこれ…。添乗員さん、よう写っとるやろ?
今なら特別サービス! 一枚百円や!」
善博、眉をひそめて、
善博「百円…。高くないか?」
つぐみ「単なるスナップ写真やあらへん。
(胸を叩いて)ウチの技術料込みなんやで?」
善博「(苦笑)ああ、なるほどね」
つぐみ「ほな、毎度あり~」
善博「(唖然)え?」
◯廊下
困惑の表情で、写真を眺めながら歩く善博。
善博「(M)強引に買わされてしまった…」
写真の必死な奈緒を見て、思わずクスリとする善博。
奈緒「(OFF)なに笑ってるんですか?」
善博「え?」
善博が顔を上げると、笑顔の奈緒が立っている。
善博「あ、奈緒ちゃん」
善博、あわてて写真を後ろ手に隠す。
善博「あ、ああ、別に…」
奈緒、善博の後ろに廻ってのぞき込む。
奈緒「(写真を見て)え? この写真…」
善博「あ、いや、これは…」
善博、観念して写真を奈緒に見せる。
善博「その…。良く撮れてるから、奈緒ちゃんにあげようと思ってさ」
奈緒、パッと明るい表情になる。
奈緒「いいんですか?」
善博、やや動揺しながら笑顔を作り、
善博「あ、ああ…。もちろんだよ。はい」
子供のように喜んで、写真を受け取る奈緒。
奈緒「わあ! ありがとうございます!」
両手で持った写真を、目の前に掲げる奈緒。
奈緒「(笑顔)……」
写真を見つめて動かない奈緒を見て、思わず声をかける善博。
善博「奈緒ちゃん?」
奈緒、あわてて、善博を見て、
奈緒「あ、すみません。ありがとうございます。それじゃ、また…」
善博「ああ、またね」
お辞儀をして去っていく奈緒。
ため息をつきながら、苦笑して奈緒を見送る善博。
◯廊下(奈緒の部屋前)
奈緒が嬉しそうに歩いてくる。
部屋の前に伊藤が立っている。
伊藤に気付き、笑顔が消える奈緒。
奈緒「伊藤先輩?」
伊藤、奈緒に気付き手を挙げる。
伊藤「や!」
奈緒「いえ…」
奈緒の手にある写真をつまみあげる伊藤。
奈緒「あ…」
写真を拾い上げる伊藤。
伊藤「これビーチバレーの時の? ふうん」
写真を高く揚げて、まじまじと見る伊藤。
奈緒「返してください」
伊藤、からかうように写真を見ながら、
伊藤「良く撮れてるじゃない。後ろに変なのが写ってるけど」
伊藤の態度にムッとする奈緒。
奈緒「私になにか用ですか?」
写真を持ったまま横目で奈緒を見て、
伊藤「明日の肝試しさ」
奈緒「え?」
伊藤「俺とペア組もうよ」
奈緒「(困って)でも…」
伊藤「一緒に組む相手、決まってないだろ?。奈緒「あの、き、決まってます」
伊藤、驚いて
伊藤「な!? 誰だよそれ」
奈緒、うつむきながら、
奈緒「(困って)…あ、あの。(目を閉じて)ま、松永さんです!」
唖然とする伊藤。
写真に写る善博を見て、奈緒を振り返り、
伊藤「松永…って…(写真を指で弾く)まさか、この添乗員の…」
奈緒「(うつむいたまま)……」
伊藤、カッとなって、
伊藤「なんだよそれ!」
写真を床に叩きつける伊藤。
奈緒「(写真を見て)あ…」
黙って見下ろす伊藤。
奈緒、黙って写真を拾う。
伊藤「あんな昨日今日会った奴に浮かれちまって」
奈緒「(抗議)浮かれてなんて!」
伊藤「ふん、アイツも浮かばれねえな」
ハッとする奈緒、顔を上げて伊藤を睨む。奈緒に睨まれ、心持ち動揺する伊藤。
伊藤「だって、そうだろ?」
奈緒「(戸を開け)失礼します!
(背を向け)もう、話しかけないでください!」
奈緒、ドアを開けて部屋に入る。
伊藤「この俺に、話しかけるな? だと? 畜生…」
下げたままの両手の拳を握りしめる伊藤。
◯奈緒の部屋
座って写真を見つめる奈緒。
奈緒「どうして、あんなこと言っちゃったんだろ…。でも…」
◯寮の外側(夜)
窓から風呂上がり風の生徒達が見える。
◯浴場
湯船に浸かっている由織。
ガラス戸が開く音。
由織が顔をあげると、奈緒が入ってくるところ。
奈緒「(気まずそうに)遅くなっちゃって、いいですか?」
由織「(ニコッと)どうぞ」
× × ×
風呂桶で、お湯をかぶる奈緒。
その様子を浴槽から眺める由織。
由織「髪型…変えたんですね」
奈緒「え?」
由織「去年は髪を降ろしていたでしょう?」
奈緒「はい…」
黙り込み、寂しげに微笑む奈緒。
◯縁側
縁台を歩く風呂上がりの善博。
善博、ハッと顔をあげると、正面に険悪な雰囲気の伊藤が立っている。
伊藤「添乗員が客にちょっかい出すなんて、最低だぜ」
善博「(怪訝な表情)ちょっかい?」
伊藤、とぼけたように顔をそらす。
善博「なんの話だ?」
伊藤「(ニヤッと笑い)知ってるかい? 森沢さん、つき合ってたヤツがいたんだぜ」
拳で柱をコンコンこずく伊藤。
伊藤「そいつのことがあるから、俺だって、少しは遠慮してたんだ…」
伊藤、こずくのを止め、善博を睨む。
伊藤「それを、横からかっさらうような真似しやがって…」
善博「おいおい」
苦笑して、柱から離れる伊藤。
伊藤「まあ、いいさ。これ以上みじめな思い、する気もねえし」
伊藤、歩き出し、善博とすれ違いざま、
伊藤「森沢さんは、まだ、昔の彼氏のこと、吹っ切れてないぜ。多分」
善博「……」
伊藤「あんたも俺と同じ思いさせてやるよ」
善博「(振り返って)同じ思い?」
伊藤、ピタッと足を止め背を向けたまま
伊藤「結局死んじまったもんには、かなわねえってことだよ」
善博「なに?」
伊藤、再び歩き出し去っていく。
黙って、その場に立ちすくむ善博。
チリン…と風鈴が鳴る。
善博が庭を見ると、風鈴を持った少女が立っている。
× × ×
再び、風鈴が鳴る。
縁台に並んで座る少女と善博。
善博「綺麗な音だな」
少女「実際に鳴るのは一瞬…。だけど、この音色は、心に残って、
心の中で何度も綺麗な音をかなでるの」
善博「うん。わかる気がするよ」
少女「(風鈴を見て)心に残された音は、
実際の風鈴の音よりも綺麗に聞こえるから…。善博君もそうでしょう?」
善博「(微笑)ああ、そうかも知れないな。…
(ふと少女を見て)そういえば、どうして僕の名前、知っているんだ?」
少女「善博君は、善博君…だもん」
怪訝な表情をする善博。
少女が、立ち上がると同時に風鈴が鳴る。
少女「またね」
少女、トトッと庭の奥の暗闇に走り去る。
遠くに風鈴の音が聞こえる。
善博「(呆然と)海…わらめ…。(苦笑)なに言ってるんだか…」
◯浴場
身体を洗っている由織と浴槽に入っている奈緒が話している。
由織「(神妙そうに)そう…」
奈緒「とっさに、松永さんの名前出しちゃって…(ハッと)
あ、すみません。こんな話、しちゃって…」
由織、鏡を見たままつぶやくように、
由織「とっさに…なのかしら?」
奈緒「え?」
微笑みながら奈緒を見て、
由織「あなたが松永さんを誘えば、同じ事でしょう?」
奈緒「(うつむいて)…でも」
由織、そんな奈緒をニコニコ見ている。
奈緒、恥ずかしそうに顔半分を湯船に沈める。
由織「(ニコッ)大丈夫ですよ。きっと…」
◯ラウンジ
ごそごそと戸棚を探している伊藤。
一冊のノートを取り出す。
伊藤、ノートを見てニヤリと笑う。
伊藤「これだ、去年の…」
ノートからペリペリッと写真を破く。
伊藤「(険悪な顔)ふん、試してやるよ」
◯日めくりカレンダー
8月5日
◯裏庭・昼
歩いている奈緒、羽ばたく音が聞こえ足を止める。
両腕を開いた雫の胸から、バタバタ羽ばたく鴎。
そのまま飛べずに地面に着地。
雫しゃがんで、鴎を悲しそうに見つめる。
その傍らでのぞき込む奈緒。
奈緒「鴎?」
雫、少し驚いて奈緒を見上げ、再び鴎に視線を向ける。
雫「あの…管理人さんが…ケガしているところを…拾ってきて…。
ケガ、直ってるはずなのに…」
鴎、奈緒を見上げている。
雫「(鴎に)…飛べないなら、飛ばなくっても、いい。
ずっとここにいれば、苦しい思いなんか、することも…ないんだから」
鴎、興味深そうに雫を見つめる。
奈緒、鴎の前にしゃがみ込み、
奈緒「でも、あなただって、本当は、飛びたいんでしょ? そうよね?」
鴎、ファサっと翼を拡げる。
不思議そうに、奈緒を見つめる雫。
◯広場
バスケなどをして遊んでいる生徒達。
休憩所のベンチに座る善博。その傍らにほうきを持った由織がいる。
由織「(あっけに取られ)海童女…ですか?」
善博「ちょっと…。伝説、みたいなものに興味があって」
由織「私も地元ではありませんから、よくわかりませんけど…。
パンフレットに載っているはずですよ。(歩き出そうと)持ってきますね」
善博あわてて、手を振る。
善博「ああ、いや。後で調べるから」
由織、歩き出すのをやめ、思い出したように指を立て、
由織「あ、そうそう」
善博「?」
× × ×
善博「(OFF)肝試し?」
少し離れた休憩所のベンチに座っている善博。
その傍らで、ほうきで辺りを掃く由織。
由織「(笑って)私は参加しませんけど」
善博「でも、参加しない由織さんが、どうして肝試しの誘いなんて…」
由織「松永さんに参加して欲しい、という人がいるんです」
善博「え? 僕に?」
ちなつ「(OFF)おにいさあーん!」
ちなつが走ってくる。
由織「では、お願いします」
会釈して由織、去っていく。
善博「あ…ゆお…」
× × ×
善博とちなつがベンチで座っている。
ちなつ「肝試し? あ、ちなつパス! 怖いのやだもん。
だって、今年は潰れた旅館でやるんだって」
善博、ハッとして、ちなつを見る。
善博「潰れた…旅館?」
ちなつ「どうしたの?」
黙り込む善博。
ちなつ「おにいさん?」
善博、ハッとして、
善博「あ、ごめん…」
ちなつに笑いかけるが、ちなつから顔を背け、考え込むような善博。
ちなつ「?」
◯花壇
ジョウロで、花に水をやっている由織の横で奈緒が立っている。
奈緒「(とまどい)え?」
由織「松永さん、参加してくださるって。ご迷惑でした?」
奈緒「(あわてて)いえ、迷惑だなんて」
花についた水滴がスッと流れ落ちる。
奈緒「松永さん、私に似てるんです…」
由織、作業の手を休め奈緒を見る。
奈緒「きっと、あの人も…私と同じ」
奈緒を見つめる由織。
由織「(優しく微笑んで)去年来たときのあなたの笑顔、今も覚えています。
夏の花が咲いたみたいな、元気で素敵な笑顔…」
ハッとする奈緒。
奈緒「え?」
由織「また、あんな笑顔、見たいです」
奈緒「(驚き)…知ってるんですか? あの、彼が…」
由織「先生方からお聞きしました。去年、あなた達、いつも一緒にいたでしょう?」
奈緒の唇が震える。
由織「(花を見て)生きてるだけで辛い時もあるでしょうけど、夜があれば、
いつだって朝は来るんですから…」
こらえきれずに泣き出す奈緒。
奈緒「…う、う、」
ジョウロを投げ出し、走り寄る由織。
由織「あらあら」
奈緒の肩をそっと抱きしめ
由織「ごめんなさい。変な話してしまって…」
いいえ、と首を振り、由織の胸に頭を付けながら泣く奈緒。
投げ出されたジョウロの辺りに水たまりが出来ている。
◯旅館(夜)
廃屋となった旅館の前に、懐中電灯を持った生徒達がたむろしている。
つぐみ、手のカメラを眺めて満足げに、
つぐみ「高感度フィルムちゃん。頼んだでえ」
黙って旅館を見上げている善博。
善博「やっぱり…ここだったのか」
N「この朽ちた旅館は、僕そのものだ。僕たちの想い出だった場所が、
こうして残骸としてのみ存在を許されるのならば、時というものは…残酷だ」
善博の姿を見つける奈緒、走ろうとして一瞬躊躇する。
が、決心したように頷き走り出す。
奈緒「こ、こんばんは。松永さん」
善博「(奈緒に気付き)やあ」
奈緒「あの…相手が決まってなかったら、私とペアになってくれませんか?」
善博「ああ、構わないよ…」
旅館を見上げ、辛そうな表情をする善博。
奈緒「?」
善博、ふと視線を感じる。
こちらを苦々しげに見ている伊藤。
善博と目が合い、行ってしまう。
善博「……」
◯旅館内・玄関
月明かりが差し込んでいる。
懐中電灯を持って、恐る恐る足を踏み入れる奈緒。
奈緒「や、やっぱり、怖いですね」
奈緒が振り返ると、玄関で立ち止まっている善博。
善博「(ハッとして)ああ、ごめん…」
中に入って、中を見回す善博。
善博、悲しげに眼を細める。
◯旅館内・廊下
ギシギシと足音が響く。
頼りないライトの光で、善博と不安げな奈緒が歩いている。
◯旅館内
ロビー・廊下などを歩く奈緒と善博。
ガタッと音がする。
奈緒「キャ!」
善博に、思わずしがみつく奈緒。
善博が見上げると、外れ掛かった通風口の蓋が揺れている。
善博、苦笑して、奈緒の顔を見下ろすと、はからずも、
しがみつき見上げている奈緒の顔と接近してしまう。
一瞬、お互いの動きが止まる。
蓋が揺れて、再び音がする。
ふと我に返る二人。
紅潮した奈緒、あわてて善博から離れる。
奈緒「あ…。すみません」
善博「(少し気まずそうに)あ、いや。さ、行こう…」
◯客室前
廊下を歩く二人。
奈緒「出口、こっちかな」
半開きのドアの前で、思わず立ち止まる善博。
善博「…この部屋」
奈緒「どうしたんですか?」
奈緒、立ちすくむ善博を不思議そうに見て、こわごわと中をのぞき込む。
月明かりが差し込む客室。
奈緒「(感動)なんか、月明かりが幻想的…」
善博、奈緒の後ろから部屋の中を覗く。
なんの変哲もない和風旅館の一室。
× × ×
フラッシュバックする、瀕死の深景の顔。
× × ×
善博「(驚き)…え?」
善博を見上げたまま、汗が流れる。
善博「(M)今…なにか…」
奈緒「あの松永さん。具合でも?」
善博「いや、なんでもない。さあ、行こう」
歩き出す善博。
◯旅館内・裏庭
裏庭に出る奈緒と善博。
奈緒「あ、出口じゃなかった…」
雑草が生い茂る裏庭。
奈緒「早く出たいのに…」
泣きそうな顔で、戻ろうとする奈緒。
善博、一点を見つめている。
奈緒、? といった表情で、善博の視線の先を見ると、
蕾を付けた月下美人がポツンと生えている。
月下美人をのぞき込む奈緒。
奈緒「(微笑んで)可愛い? もう少しで咲くみたい。なんていう花かな?」
善博「月下美人…。蕾を…付けたのか?」
奈緒「げっかびじん? 変わった名前」
◯善博の回想
月下美人を植える善博。
その横にしゃがんでいる深景。
深景「満月の夜、月の呼びかけに答えて、一夜だけ開くの」
善博「今度、咲くときに二人で来ようよ」
寂しげに微笑む深景。
深景「この花が、蕾を付けるのに、何年かかるか知ってる?」
◯旅館内・裏庭
善博「これは、僕が植えたんだ」
奈緒「え?」
善博「7年前、ここに泊まったことがあるんだよ」
ハッとして善博を見る奈緒。
善博「この海で出会った人と、この宿に泊まったんだ。でも…」
◯民宿の一室(善博の回想)
テーブルに置かれた手紙。
深景「(OFF)あなたと出会えて、とても楽しかった…。さようなら、善博君」
手紙を読みながら愕然とする善博
◯民宿前(善博の回想)
あわてて民宿から飛び出す善博。
立ち止まり、手紙を握りしめる。
民宿に被り、
善博「(OFF)深景、深景さん…どうしてだよ」
◯旅館内・裏庭
奈緒「急に…?」
善博「ああ、それっきりだ…。僕が添乗員になったのも、いつかまた、
彼女に会えるかも知れない、なんて思ってね…。そんな事、あるわけないんだけど」
月下美人を見つめる善博。
奈緒「松永さん…」
善博「(我に返り)あ、ごめん」
奈緒「これ、もう…」
懐中電灯の光が弱々しくなってくる。
善博「電池切れか…。急いで戻ろう」
善博、戻ろうとするが、奈緒は立ち止まっている。
善博、振り返り
善博「どうしたんだ?」
奈緒「辛い記憶のまま、自分の中に残しておいちゃダメなんです。
どんな悲しいことでも、想い出として返してあげなくちゃ…ダメなんです。
きっとそうです」
善博「(驚き)奈緒…ちゃん…」
奈緒「だから…」
善博、奈緒を悲しげに見つめ、
善博「ごめん。僕は、そんなに強くは…なれないんだよ」
奈緒「…松永さん」
善博「さあ、行こう」
背を向ける善博。
その背中を悲しげに見つめながら歩き出す奈緒。
奈緒「(M)私だって、強くなんかない。だから…」
去っていく二人。
残された月下美人に、そっと触れる小さな少女の手。
月下美人を見つめる少女、悲しげに首を振る。
◯旅館内・廊下
歩いている二人。
懐中電灯の光がふっと消え、月明かりだけが二人を照らす。
奈緒「あ…」
善博「まずいな…」
月に雲が掛かり廊下が闇に包まれていく。
善博「これじゃ、なんにも…」
奈緒、善博を見上げ、決心したように、眼をギュッとつぶる。
そのまま、善博の唇に自分の唇を押しつける奈緒。
善博「!!」
止まったような二人の時間。
奈緒、目を閉じている。
善博の手が、奈緒の腕を掴む。
その瞬間、パッとフラッシュが焚かれる。
善博と奈緒、思わず身体を離す。
再び、月明かりが差し込んでくると、カメラを持って、
呆然とするつぐみの姿が浮かびあがる。
つぐみ「あは…。こりゃ…まいったな」
つぐみ、気まずそうに後ずさりしながら、
善博「あ、待ってくれ。これは…」
つぐみ「え、えろう。すんません」
つぐみ、作り笑いをして、くるりっと背を向け走っていく。
呆然と、顔を見合わせる善博と奈緒。
◯旅館前
他の生徒達がたむろしている。
つぐみ、紅潮した顔で走って出てくる。
つぐみ、歩きながらカメラを見て、
つぐみ「驚ろかそ思うただけやのに、エラいもん撮ってもうた…」
つぐみ、そのまま伊藤に当たる。
伊藤「おっと…」
つぐみ、あわてて
つぐみ「あ、すんません」
伊藤「ねえ君。今、中にいるのは誰と誰?」
つぐみ「(困って)へ? あ、あの、て、添乗員さんと…」
伊藤「ん? どうしたの?」
つぐみ「あ、いえ…別になんでも」
といいながら、カメラをチラッと見るつぐみ。
不振気な伊藤。優しく笑って、
伊藤「中でなにかあったの?」
つぐみ、困ったように辺りを見回して、
つぐみ「ぜ、絶対誰にも言うたらあかんよ」
◯旅館内・廊下
黙って歩く奈緒と善博。
紅潮している奈緒。
奈緒「あ、あの…」
善博「ほら、そこを曲がれば玄関だ」
奈緒「そうですね…」
再び、うつむく奈緒。
ふと、足下に一枚の写真。
奈緒「?」
善博「なに?」
奈緒、写真を拾い上げる。
雲が流れ、月の光が射し込む。
写真の内容が徐々に見えてくる(ここではハッキリ見せない)。
奈緒「!! ど、どうして…ここに?」
善博「奈緒ちゃん? どうしたんだ」
震えながら、首をゆっくり振る奈緒。
奈緒「イヤ…」
奈緒、写真を手から離し、走り出す。
善博「奈緒ちゃん!」
追いかけようとする善博。
伊藤「(OFF)待てよ」
善博、振り返ると、ポケットに手を突っ込んだ伊藤がいる。
伊藤「ちょっと、からかうつもりだったんだけど、
彼女だいぶショック受けたみたいだな。
(善博を睨み)あんたのせいだぞ。
あんたがいるから…。俺だって、こんなこと、したくは…」
伊藤、写真を拾い善博に突きつける。
奈緒と先輩が並んで写っている写真。
伊藤「ここに写ってるヤツ…が、森沢さんの恋人だよ。ただし…元、な」
善博「元?」
伊藤「(ニヤッと)死んだヤツとはつきあえねえからな。普通そうだろ?」
善博「!」
伊藤「 (辛そうに)でも、森沢さんは…。(善博を睨んで)わかったかい?
死んだヤツには、かなわねえんだよ!」
写真を善博に投げる伊藤。
クルクルと宙に舞う写真をキャッチする善博。
伊藤「あんた、ここで、ずいぶん森沢さんと、いちゃついてたそうじゃないか?」
善博「!」
伊藤「こりゃ彼女も、ショック倍増だな。
(憎々しげに)
キスした後に、そういうの見せられちゃあな!」
思わず写真を見る善博。
写真には嬉しそうな奈緒の笑顔。
善博、伊藤に背を向け走り出す。
伊藤、悔しそうにドンと壁を叩く。
◯ラウンジの外
不安そうな由織と話す善博。
由織「森沢さん? まだ戻っていませんよ」
善博「そうですか…」
由織「あの、なにか?」
◯海
月の光が波頭を照らしている。
海の前に立っている奈緒。
奈緒「ごめんなさい…。やっぱり…私は…」
◯玄関前
由織が立っている。
由織「もう、他の生徒さんは帰ってきたようです。どうしましょう?」
善博「辺りをもう少し捜してみます。まだ先生達には…」
由織「は、はい」
◯道
走る善博。
N「奈緒ちゃんは、僕と同じだ…」
× × ×
フラッシュバックして深景の姿。
× × ×
奈緒を呼ぶ善博。
N「過去の思いに捕らわれて、時間が止まってしまった辛さ。
それにあらがおうと、彼女なりに必死だったんだ」
◯海
波打ち際から海へ入っていく奈緒の足。
◯林
奈緒を呼ぶ善博
善博「彼女を救いたい。いや救わなくては。僕は心から、そう思った…」
◯海
自失状態で海へ入っていく奈緒。
奈緒「(呆然と)ごめんなさい…ごめんなさい…先輩」
黒い波が奈緒の下半身を打っている。
(第二話 了)
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